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東京地方裁判所 平成3年(特わ)711号 判決 1992年1月30日

本籍

東京都渋谷区宇田川町五〇番地

住居

同都世田谷区松原六丁目六番八号

会社役員

鶴切正子

大正一五年一月一日生

本籍

東京都渋谷区宇田川町五〇番地

住居

同都世田谷区松原六丁目六番八号

会社役員

鶴切一郎

大正一三年七月二一日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官立澤正人、弁護人井上忠巳(主任)、同井上暁各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人鶴切正子を罰金三六〇〇万円に、被告人鶴切一郎を懲役一年二月にそれぞれ処する。

被告人鶴切正子においてその罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人鶴切一郎に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人鶴切正子は、東京都世田谷区松原六丁目六番八号に居住し、同都渋谷区道玄坂二丁目六番三号に本店を置く株式会社一柳の取締役であるかたわら、同都渋谷区道玄坂一丁目二五番地二六の土地(面積一二八・四二平方メートル)及び同土地上の建物(鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根下一階付七階建店舗・共同住宅・事務所)を所有していたもの、被告人鶴切一郎は、被告人鶴切正子の夫で、被告人鶴切正子の代理人として被告人鶴切正子が所有する右土地及び建物の売却を行ったものであるが、被告人鶴切一郎は、被告人鶴切正子の財産に関し、同被告人の右土地及び建物の譲渡に係る所得税を免れようと企て、右譲渡収入の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、被告人鶴切正子の平成元年分の実際総所得金額が三二〇万七八八〇円、分離課税による長期譲渡所得金額が一六億一七〇七万〇三五七円であったのにかかわらず、平成二年三月一四日東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号所轄北沢税務署において同税務署長に対し、総所得金額が三二〇万七八八〇円、分離課税による長期譲渡所得金額が一一億二〇五九万三八四三円であり、これに対する所得税額が二億七八三一万二四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、平成元年分の正規の所得税額四億〇二四三万一六〇〇円と右申告税額との差額一億二四一一万九二〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  被告人鶴切正子の検察官に対する各供述調書

一  被告人鶴切一郎の検察官に対する各供述調書

一  會田幸之、野中忠、鷹島光男の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の譲渡収入調査書

一  大蔵事務官作成の譲渡資産の取得費調査書

一  大蔵事務官作成の支払手数料調査書

一  大蔵事務官作成の立退費用調査書

一  大蔵事務官作成の印紙代調査書

一  大蔵事務官作成の登記費用調査書

一  北沢税務署長作成の証拠品提出書

一  押収してある所得税確定申告書(平成元年分)一袋、同所得税青色申告決算書(平成元年分)一袋、同譲渡内容についてのお尋ね等一袋(以上順次平成三年押第七九一号の1ないし3)

(法令の適用)

被告人鶴切一郎の判示所為は、所得税法二四四条一項、二三八条一項に、また被告人鶴切一郎の判示所為は、被告人鶴切正子の代理人としてなされたものであるから、被告人鶴切正子につき同法二四四条一項、二三八条一項にそれぞれ該当するところ、被告人鶴切一郎につき所定刑中懲役刑を選択し、被告人鶴切正子に対し、情状により同法二三八条二項を適用し、被告人鶴切一郎につきその所定刑期の範囲内で同被告人を懲役一年二月に、被告人鶴切正子につきその所定の罰金額の範囲内で同被告人を罰金三六〇〇万円にそれぞれ処し、被告人鶴切正子に対し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置し、被告人鶴切一郎に対し、情状により同法二五条一項一号を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

(量刑の理由)

被告人鶴切一郎は、妻である被告人鶴切正子が所有する判示の土地及び被告人鶴切一郎らと共有する判示の同地上の鉄筋コンクリート造地下一階地上七階建の賃貸用ビル(通称スリーハイムヤナギビル)の管理運用一切を行っていたが、昭和六三年秋ころ、不動産業者の野中忠及び鷹島光男から売却方の申し込みを受け、一旦はこれを断ったものの、野中が代表取締役をしている赤字の有限会社英富商事をダミーとして介在させることによって裏金ができる旨持ちかけられたことから、被告人鶴切正子らの一任を取り付け、五億円の裏金を作ることを条件に、平成元年一〇月二〇日、株式会社東京工営に総額二〇億円(土地一八億円、建物二億円)で売却した。そして、被告人鶴切一郎は、被告人鶴切正子の代理人として、被告人鶴切一郎の経営する株式会社一柳の従業員で税理士になった會田幸之に右土地は一二億円、建物は二億円で売却したこととする依頼をして同人をして被告人鶴切正子の右土地・建物(持分)の売却の所得四億九〇〇〇万円余を秘匿し、右土地・建物(持分)の売却所得は一一億二〇〇〇万円余とする被告人鶴切正子名義の所得税確定申告書を作成・提出させ、一億二〇〇〇万円余にのぼる脱税を実行したものである。右によれば、被告人鶴切一郎は、当初から脱税による裏金作りを目的として右土地・建物を売却したものであって、その犯意は強固であるというべきである。加えて、被告人鶴切一郎は、昭和四八年二月当裁判所で自己の所得税二四七八万九四〇〇円を免れた事実により懲役六月及び罰金六五〇万円(懲役刑は執行猶予)に処せられているにもかかわらず、なお、同種の犯行に及んでいるのである。以上によれば、被告人鶴切一郎の本件犯行は、犯情極めて悪質で、施設内において矯正処遇を必要とされるべきものである。

しかしながら、被告人両名は当公判廷において反省の情を披瀝するものはもとより、査察段階から素直に事実を認めており、再犯の虞れもないこと。修正申告をして、ほ脱税額に対応する本税、加算税、延滞税合計一億七〇〇〇万円余及び地方税三〇〇〇万円余をすべて完納していること。ほ脱率は三〇・八パーセントで最近の公判請求事件のなかでは比較的低率に止まるものであること。被告人鶴切一郎は、二度にわたる脱税事件を犯したことの社会的責任を感じて法律扶助協会に対し、一〇〇〇万円の贖罪寄付をしていること。本件の動機は、被告人鶴切一郎が、昭和六三年八月、心筋梗塞に倒れたことから自己が死亡したあとの妻の相続税の負担を憂い、妻を思う余り行ったものであって、憐憫の余地がないわけでもないことなど酌むべき事情も存する。

以上の各情状のほか、その他諸般の事由を勘案し、被告人鶴切正子に対してはその罰金刑の金額を定め、被告人鶴切一郎には懲役刑を選択し、特にその刑の執行を猶予した次第である。

よって主文のとおり判決する。

(求刑・被告人鶴切一郎に対し、懲役一年二月、被告人鶴切正子に対し、罰金四〇〇〇万円)

(裁判官 伊藤正髙)

別紙

修正損益計算書

<省略>

別紙

脱税計算書

<省略>

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